名にし負う銚子の犬吠埼。古今の地名を拾ってみただけでも犬吠鼻、犬吠碕、狗吠山、犬吠ヶ崎、犬吼崎、イナボエ、Inaboye、カルタの札のような諺風の犬棒まである。
それが由来ともなれば、いよいよ義経様のお出座しだ。現に市内犬若海岸には義経主従が身を潜めたといわれる千騎ヶ岩もあれば奥州へ落ちる主人を慕い残された愛犬若丸が七日七晩吠え続けて岩と化した犬岩もある。とどのつまり吠える声が岬まで聞こえたので犬吠埼だそうな。地元では、明治の中頃まで海鹿島海岸沖の岩の上に多数見ることができたというアシカの鳴き声が犬の遠吠えに似ていたからとか灯台名物霧笛の唸り声を牛が鳴いているようだともいうが、それでは若丸に義理を欠こう。
さても犬吠埼灯台初点灯の日は、明治7年11月15日。灯塔入り口の記念額には「明治七年甲戌(きのえいぬ)十一月十五日初點」の文字が鋳込まれている。爾来震災・戦災ものともせず、昼は岬に屹立する白亜の高塔が、夜は一条の光芒が沖行く船の安全を見守って144年になる。
犬吠埼になぜかこだわる私も若き日の「犬吠埼巌上の犬像計画」挫折の苦い経験を梃子として、灯台史の渉猟や灯台資料展示館誘致支援に熱中。ついに愛知県犬山市の博物館明治村から初代フレネルレンズの里帰りに一役買うことができた。いまでは大正の初め犬吠に遊んだ詩人高村光太郎にかわいがられたという犬吠の太郎にあやかり、犬吠ひろしを臆面もなく名乗っている。この歴とした押しかけ老灯台守も古希を迎える戊戌(つちのえいぬ)の本年、日本で一番早い初日の出(離島を除く)を伏拝み、「犬吠埼灯台乙女」の立ち上げに胸を膨らます。
※写真は2018年元旦の犬吠埼。撮影・提供は江波戸克昌氏。ライトアップの消灯間際に灯塔が朝焼けの空に真っ白に浮かび上がった写真もいずれ紹介したい。