犬吠埼灯台の霧笛

−百年の吹鳴、ここに極まる−

仲田博史(犬吠埼ブラントン会) 

 

● 美しい光芒を放つ花形灯台の陰に名脇役

平成203月末、犬吠埼の霧信号所(霧笛)

が廃止されます。この霧信号所の運用が始まった

のは、明治434月1日、灯台が完成してから

36年後のことでした。廃止の主な理由は、DGP

S等新技術の定着により音を発して位置を知らせ

る航路標識としての霧笛がその役割をほぼ終えた

からだということです。ちなみに犬吠埼霧信号所

の音が届く距離(音達距離)は最大約9kmとさ

れているのに対し、灯台の光(光達距離)は36

kmDGPSに至っては半径200kmをカバーして

います。もちろん、これら異なるタイプの航路標

識は相いに補い合う関係でもあるのですが、霧笛

には方位を定めにくいという欠点があることが早

くから知られていました。それでもなお犬吠埼の

霧笛は、震災戦災ものともせず、「視程1.8km

下になったら30秒を隔て5秒吹鳴」を律儀に守

り、五里霧中の海を航行する船舶の常に頼もしい

道しるべであったのです。

また、新設間もない明治44520日には、

皇太子様(後の大正天皇)が犬吠埼灯台に行啓さ

れました。

「殿下ニハ最モ御勇壯ニ燈室迄御昇リアラセラレ

直チニ火ヲ點シ之ヲ回轉シ御覧ニ供シタリ右霧警

號、見張所、燈臺ト順次御案内ノ際ハ一般事務、

看守勤務状態並船舶通報事務等ニ就テハ所長ヨリ

霧警號機關並ニ燈器ニ關スル技術上ノコトハ石川

技師ヨリ夫々御説明申上ケ同二時御還啓仰出サル

又霧警號ハ餘リニ強聲ナルカ爲メ御還啓ノ御途次

御聽ニ入ルヽ事ニ計ラヒ御出門ノ際二聲吹鳴御聽

ニ入レ奉レリ」、『航路標識管理所第五年報』を読

みますと、灯台局を挙げての対応振りや細心の注

意を払いながら最新鋭の霧笛を鳴らして皇太子を

お見送りしたことなど、今でもこの「名誉の日」

の緊張感がひしひしと伝わってきます。

さらにまた、エア・サイレン式のゆったりと野

太い霧笛の音は、海で働く人々ばかりでなく陸に

住む多くの銚子市民にも「牛が鳴いている」と親

しまれてきました。その霧笛が廃止されるという

のですから反響は少なからずありました。そして

昨年1126日、この問題について地元銚子とし

てはどのように対応したらよいか関係諸団体間で

意見交換をするため「犬吠埼霧信号所の廃止に伴

う打合せ会議」が開かれました。私たち犬吠埼ブ

ラントン会もこの会議に出席して以下の7項目を

提案させていただきました。これらの中には当会

単独で実施できる事業もありますが、願わくは実

 

現に向けてオール銚子で行動を起こすきっかけに

なればと思っています。

 

   地域としての対応(一試案)

重層的・多面的なアプローチで

 

1.理想は:国の文化財として現状のまま保存

   当然のことながら国(文化庁)がその価値

を認めるかが最大の関門。また、銚子市や千

葉県の文化財指定が先だという考えもあるで

しょう。申請者にどこがなるか、例えば銚子

市(教育委員会)が手を挙げてくれるのか。

将来修繕費は国から出るにしても、人件費を

どうするか等々の課題もあります。灯台本体

の動態保存を含め関係施設が国の文化財指定

になった事例は現在のところありません。

2.良縁あれば:移設保存も(銚子市内・市外)

解体作業中にバラバラに分解してしまう可

能性が大であり、7つのうち一番難しい選択

肢かと思われます。移設先が市内ならば土地

を見つけ、移設工事費や以後の維持管理費捻

出・人員確保が必要になります。移設先を例

えば愛知県「博物館明治村」等の市外に想定

した場合、先ず先方が受け入れてくれるかど

うか、また、解体費用や輸送費の負担はどう

するか、とくにこの方法では地元に波及効果

がない等々の問題が残ります。

3.解体後:一部を資料展示室内に展示

   解体がやむを得なければこの方法もあるで

しょう。ただ、スクラップを展示しても魅力

がないと思われますので、4や5の素材を活

用し、ラッパや吹鳴器や旧タイマーのような

実物、霧笛舎の外観や機械のレイアウトがよ

くわかる模型、説明パネル、見学者が霧笛の

音を聞くことのできる仕掛け等々を組み合わ

せ、できる限り立体的な展示をすることが望

ましいと思います。   

4.欠かせない:専門家による学術調査及び記録

 先年当会が主催した「犬吠埼灯台130年記

念シンポジウム」で基調講演をしていただい

た建築史の第一人者東京工業大学大学院藤岡

洋保教授は、犬吠埼霧信号所の蒲鉾形全金属

製建物は文化財として保存すべき価値がある

と説かれました。近年各地で灯台附属の旧吏

員退息所の移設や復元工事の前には必ず学術

調査を実施しており、上記1〜3のどれを選

択するにせよ、鉄板の成分分析や外板のリベ

ット止め工法等々を含め建物の学術調査は後

世のために実施しておかなければならない必

須の作業であると考えます。

5.専門家による霧笛の録音

      仮に保存が決まって建物は残せたとしても、

航路標識としての機能を廃止するのですから

4月以降はこれまでのように音を出すことは

できません。よって、霧笛の原音をプロの機

材と技術で正確かつ親しみやい形で残すこと

が肝要かと思われます。上記1〜3のどれを

選択するにせよ、4と同様必須の作業である

と考えます。

6.感謝と活用:閉所時にイベント開催

   英国に「ロスト・サウンド」というタイト

ルの消えゆく霧笛をテーマにした本があります。

銚子市民が永年慣れ親しんできた霧笛とのお別

れには、仮に「ラスト・サイレン」と銘打ち構

内で「感謝」と「新活用」のイベントを開催し

てはどうでしょう。折しもこの時期は千葉県観

光協会の「早春千葉めぐり」キャンペーン中で

もあり、昨年のJR・ディスティネーション・

キャンペーンの実績からして相当な観光客増が

見込まれます。メデイアの協力を得て対外的に

PRすれば、銚子を訪れる観光客に楽しみのひ

とつも増やすことになるでしょう。

7.お楽しみに:記念グッズの開発

   の霧笛の録音を中心に、犬吠近辺の波の

音等環境音を収録したCDの制作も考えられ

ます。絵葉書と組み合わせたり、銚子電鉄や

銚子漁港のセリの声、威勢のいい夏祭りの御

輿のかけ声や豊富なレパートリーを持つお囃

子等々「銚子の音」を盛り込んだものにする

のもよいかもしれません。

 

間もなく日本の海から灯台の霧笛は姿を消すで

しょう。そもそもあの岬の突端に建つ鉄の霧笛舎

100年も保ったのはなぜか、と思いを巡らす時、

私はそこに心魂を傾け可愛がってなお手に余った

という機械達を相手に総掛かりで格闘してきた人

々の人知れないドラマがあったことに気づかされ、

心を動かされるのです。


        2007.2.6 銚子ロータリークラブ卓話

廃止前後の霧笛舎: 保存か解体か、ラッパだけの部分展示か、事態は予断を許さなかった。

大正末期の霧笛舎: ラッパの直径や位置、建物下部の腰壁、ひさしや煙突、屋外の水槽の有無、日時計の位置等々、現在と相違点が見られる。


明治44年皇太子嘉仁殿下ご来台時に記念に作られた絵葉書(3枚組)

20008年3月31日、遂に迎えた犬吠埼霧信号所の廃所式。狭い霧笛舎内に緊張感と一抹の寂しさが漂う。


学術調査を担当した千葉工業大学山崎鯛介准教授(当時)のチームと鈴木照秋元所長。代表の藤岡洋保東京工業大学大学院教授、同竹内教授、新日鐵(株)の研究所長らも相次いで現地調査に訪れた。


竹内徹教授の報告: 霧笛舎に使用されている鉄材は官営八幡製鉄所で生産された初期の国産鉄の可能性が高い貴重なもの。その頃、関係企業から北九州地区の世界遺産登録エントリーのため銚子でいらないなら欲しいという声もあった。

霧笛は「音」の航路標識だから音を残そう。
CDの販売益の一部を学術調査の種銭として寄附

一人芝居『霧笛』: 本物の霧笛舎の中でレイ・ブラッドベリの名作を好演する鈴木史朗氏

自作のペーパークラフト:ラッパはなんとゴルフのティーなんです。
 市内の有名蒲鉾店さんには、イベント用にカマボコで大きな霧笛舎をつくってもらいました。